軍師官兵衛に矢を放った男、島津家家臣の伊集院左京久朝。

関ヶ原合戦の直後、島津軍は軍師官兵衛とかち合います!
鬼島津こと島津義弘が関ヶ原を敵中突破!
わずか300人で敵陣中央を突破し、生きて薩摩に帰還した勇士は実に50名!
世に轟かせた「島津退き口」である。

その直後、鬼島津は軍師官兵衛と海戦となり、激しい大乱闘をしている‼
鬼島津VS軍師官兵衛との海上の激闘である。
両軍の死傷者は1000人にも及ぶ。
そんな渦中、遂に島津軍の船が炎に包まれた。島津義弘が乗っていた船である。
島津軍3隻を、黒田軍は15隻と圧倒!!
しかし、船でも島津は驚異の戦闘を繰り広げる!
何と、海上でも敵中突破を果たしたのだ‼
同乗していた船将の伊集院左京久朝である。

燃え上がる炎の中、黒煙と悲鳴、刀で斬りかかって来る戦士をかわし、顔に赤い血が飛び散る中!
絶体絶命‼隣の勇士も、友も、黒田軍に斬られ、刺され、殺されていく!
地獄の様な大ピンチ!その時、その瞬間‼
鬼島津を逃すため、伊集院左京久朝は焼け死ぬのを覚悟のうえ、島津義弘の盾となり、捨て身の戦法、捨てガマリとなる。
熱く熱く燃えたぎる炎に焼かれて、丸焦げとなって死んで逝った伊集院左京久朝。
軍師官兵衛に向かって、勢いよく炎上する真っ赤な炎に身を包まれ、一気に体が焼かれてゆく‼
伊集院左京は、
「うおぉぉぉぉーっ!!!!!!」
と、叫びながら、船の上から、焼け死ぬ直前まで矢を放ち続けたのだ‼

関ヶ原では、人気漫画【ドリフターズ】の主人公、島津豊久が東軍にメッタ刺し‼にあう。
鬼島津を生かす為に捨てガマリとなり、幾つも刺されながら、銃弾を浴びながら、東軍の真正面に突っ込んでゆく!
島津豊久は死闘の末、戦死!
数々の捨てガマリ、沢山の兵士の命の犠牲により、島津義弘は生かされている。
伊集院左京久朝もその内の一人に過ぎない。
しかし、伊集院左京久朝がいなければ、鬼島津が丸焦げに焼かれていたかも知れない‼

あまり知られていない史実だが、伊集院左京久朝や、多くの犠牲となった薩摩戦士こそが、
本当の意味での、戦国最強武将と言いたい!

真田幸村、豊臣秀頼生存説に、【薩摩落ち伝説】があり、真田幸村親子を救出した人物は伊集院半兵衛。
尚、伊集院左京は小示現流の開祖である、示現流の達人、伊集院久明の祖父である。